札幌地方裁判所 昭和54年(ワ)594号 判決 1981年3月26日
原告 医療法人社団慈藻会
右代表者理事 平松勤
原告 平松勤
右原告ら訴訟代理人弁護士 横幕正次郎
被告 比田勝孝昭
右訴訟代理人弁護士 山根喬
同 太田三夫
右訴訟復代理人弁護士 冨田茂博
主文
一 被告は原告平松勤に対し金一〇〇万円及び右金員に対する昭和五四年四月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告平松勤のその余の請求及び原告医療法人社団慈藻会の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その一を原告らの、その余を被告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告らに対し北海道内で発行する朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、北海道新聞の各全道版朝刊社会面広告欄に別紙記載の謝罪広告を二段抜きで表題を一・五倍ゴシック活字、その他の部分は一倍明朝体活字をもって一回掲載せよ。
2 被告は原告医療法人社団慈藻会に対し金一〇〇万円、同平松勤に対し金九〇〇万円及び右各金員に対する昭和五四年四月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 第2項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの各請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告医療法人社団慈藻会(以下「原告社団」という。)は精神々経科、内科患者の適正な治療を目的として昭和四八年一一月二〇日設立された医療法人である。
原告平松勤(以下「原告平松」という。)は同二五年以降右法人が設立されるまでの間、同所で同様の治療を目的として個人病院を開業していたものであり、右法人の設立と同時にその代表理事となっているものであるが、その間札幌市医師会副会長、同理事などの役職を経て現在は北海道精神病院協会々長、北海道地方医療機関整備審議会委員、北海道医療機関運営審議会委員、北海道麻薬中毒審査会委員、北海道公安委員会及び方面公安委員指定医、北海道医師会診療報酬審査委員会委員、社会保険診療報酬請求書審査委員会委員、生活保護法による北海道医療扶助判定会議委員、北海道医師会裁定委員などの役職にある。
2 被告は肩書住所地で精神科、内科の「北全病院」を経営しているものである。
3(一) 株式会社マスコミ出版社(以下「マスコミ」という。)発行の月刊雑誌「マスコミ北海道」昭和五三年八月号(同月一日発行)に次のような要旨の記事(以下「本件第一記事」という。)及び原告平松宅及び同病院の写真が掲載されており、右雑誌は主として道内一円に頒布された。
すなわち、同誌の表紙には最初の行に目立ち易い大きな字で「五十二年度だけで二千数百万円、東京に架空名儀で預金!?平松病院に脱税の疑い」としたうえ本文四頁冒頭に更に右同旨の見出しで表現し、本文の記事冒頭には「脱税もやっていれば新規開業希望の医師にプレッシャーをかけたりする悪徳院長と名ざされたのは札幌市中央区南二二西一四の医療法人「慈藻会」平松病院の理事長・平松勤院長だ」同五頁二段目の「本誌 私のところで聞いた話では……架空出張させて浮いた金を院長個人がポケットしており……東京の金融機関に架空名義で預貯金しているという」同七頁二段目の「薬価差額でボロ儲けし、相手が精神衛生に失陥のある患者が三百人もいるとすれば、一体病院内でどんなことをやっていることやら……と世間に疑惑視されることも十分ありうるわけだ。」などと書かれていた。
(三) 右記事はいずれも全く事実無根であり何らの真実的裏付けもないまま興味本位に表現され故意に虚偽の事実が掲載されたものであって、これらの記事は読者をして原告ら(印象的には原告平松)が多くの精神病患者に対しでたらめの治療を施し不正な利益をあげ五二年度だけでも二千数百万円の脱税をしているかのような印象を抱かせることになり、原告らの人格面についての社会的評価を著しく低下させ、その名誉を侵害したものである。
4(一) 株式会社月刊政界(以下「月刊政界」という。)は、昭和五三年七月一九日付及び同月二五日付日刊紙北海タイムス朝刊の広告欄に「徹底追求 緊急別冊 伏魔殿と呼ばれる平松病院の権威失墜と道・国税当局の迷える立場?」と宣伝広告したうえ、「政界」の昭和五三年七月一日発行緊急特別号八刊七号には次のような要旨の記事(以下「本件第二記事」という。)を掲載した。すなわち、同誌には表紙に「告発レポート 本道精神医学界をダメにした平松勤(道精神病院協会々長)の所業を斬る!!“仁術”の美名にかくれ“堂々たる不正”?に精をだす「算術医」の正体……」と原告平松の顔写真入りで大きく見出しをつけて掲載され、三頁の目次にも右同旨の見出しで表現し更に一四頁には「伏魔殿? 平松病院“奥の院”閉鎖社会に君臨する二重人格者」などと大見出しで顔写真と共に掲載し、更に「……背任横領の罪に問われる健保診療報酬のデタラメ請求が発覚したり、そうした不正のモミ消し工作に政・官界などの権力機関が動いた疑いが濃厚で当局が強制捜査に踏み切る日もそう遠くはない。……」一五頁には原告社団経営の平松病院の写真入りで、その説明に「内部告発で不正発覚……ゆれる平松病院」一六頁には「乱診・乱薬の名医の荒稼ぎ」と見出しをつけ、本文ではさも真実のようにこれを詳細に記載している。
(二) これらの見出しや記事は、多くの掲載写真と相俟って読者をして原告らがでたらめの治療をして多額の不正な利益をあげたり、脱税や健保診療報酬の不正請求などをして強制捜査をうけるのも近いとの印象をもたしめることは明らかであり、原告らの人格面についての社会的評価を著しく低下させ、その名誉を侵害したものである。
5 被告は前記記載の各記事(以下「本件各記事」という。)の要旨を昭和五三年七月頃マスコミ及び月刊政界の各代表者に情報提供した。右情報提供については、原告らが被告から恨まれるようなことが何らなかったことからみて、被告が当時多額の脱税やいわゆるロボトミー事件で被告の座に在り世人の関心を集めていたため、これらの関心を原告らに向ける意図でなされたものと思われ、原告らが脱税や不正行為などをしているとの虚偽の事実を前記会社に提供すれば、それに基づいて前記記載のような記事が雑誌などに掲載され、その結果原告らの社会的評価が著しく低下させられることを期待して提供されたものであって、被告には、原告らが被った損害を賠償すべき不法行為責任がある。
6 原告平松及びその家族は被告から何ら恨まれるようなこともしていないのに、被告のために本件各記事が前記雑誌などに掲載され頒布されてからは家族も心労のあまり寝込んでしまうなどその精神的苦痛ははかり知れないものがあり、到底金銭では償えないものであるが、賠償の方法として原告らの名誉を回復するために請求の趣旨一項記載のとおりの謝罪広告を掲載すること並びに人格権の侵害による慰藉料として原告社団に対し金一〇〇万円、同平松に対し金九〇〇万円及び右各金員に対する本訴状送達の翌日である昭和五四年四月二五日から支払済みに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否及び反論
1 請求原因1、2は認める。
2 同3、4は不知。
3 同5は否認する。すなわち、被告の経営する北全病院には日頃から多数の薬品販売業者(プロパー)が出入りし、右薬品業者の話の一つに原告平松が経営する精神病院についての健康保険診療報酬の不正請求及び脱税行為を行なっている話があり、被告は昭和五三年夏ころ被告病院の補修工事を行なっていた訴外溝口義美に対して右話をしたところ「平松に関する話は面白い。メモに書いてくれ」と言われ、被告は言われるままに書面化して同人に手渡したもので原告平松の名誉を毀損する意図はなかった。溝口は後日右メモを月刊政界代表者近藤昌展に渡し、右近藤が右書面の記載事項の内容・真実性・報道の意義等を調査検討のうえ、独自の判断で自己が発行する政界に発表したものであり、情報提供者である被告に責任はない。溝口が近藤に前記メモを交付した理由も、昭和五三年六月ころ、翌年四月の統一地方選挙に立候補予定の松本勇の批判記事の第一回分が政界に掲載され、同人から相談を受けた溝口が右記事の連載中止の代替記事とするためであり、被告が右情報交付に関与したものではない。また、一般に薬品販売業者は販売先である医師の病院経営の内容を熟知しており、その情報の真実性は高く、前記メモで摘示した事実も税務申告次第では脱税の疑いも十分考えられ、真実である蓋然性が高いものである。
4 同6は争う。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1(原告らの地位)・同2(被告の地位)については当事者間に争いがなく、同3(一)及び同4(一)(本件各記事の掲載の事実)については《証拠省略》によりこれを認めることができる。
二 そこで本件各記事が原告らの名誉ないし信用を毀損したか否かにつき判断する。
およそ雑誌の掲載記事が名誉を毀損するか否かを判断するには右記事の記述内容とともに右記事が読者に与える印象も考慮すべきところ、《証拠省略》によれば、まず、「マスコミ北海道」昭和五三年八月号の掲載記事(本件第一記事)は、右雑誌のトップ記事として表紙の主要記事目次の冒頭に「五十二年度だけで二千数百万円、東京に架空名義で預金!?」(活字は二倍明朝体)「平松病院に脱税の疑い」(活字は四倍ゴシック体)と右順序で二行にわたる見出しが掲げられ、後者の活字は右目次中最大の活字が使用され、四頁冒頭には右見出しと同旨の見出し(活字は三倍ゴシック体、六倍半明朝体)がその行順を逆にして掲載され、「社会保険診療収入については七二%の必要経費が認められる税制上の優遇を受けながら、五十一年申告所得について脱税のトップは医者であると国税庁が発表したのは今年四月二十一日だった。ところが本誌にも五十二年申告所得で二千数百万円の脱税をやっている精神病院があるとの情報が入った。そこで事実か否かの実態調査に踏み切り、そこでつかみ得たすべてをここにリポートする」との前文(活字は二倍ゴシック体)が付せられたうえ、同七頁までの四頁にわたり四段抜きの本文(活字は一倍半明朝体)が、「薬代支払い、一部を院長宅で」、「自分の意に添わぬ者の開業を阻害?」「平松サンのご気嫌を損じたら大変」との小見出し(活字は三倍明朝体)及びそう入された三枚の関連写真のうち一枚の説明には「黒い噂につつまれる平松病院」と付記(活字は一倍ゴシック体)されており、本文の内容は原告社団代表者原告平松が昭和五二年分所得について二千数百万円の脱税をしており、国税局、道衛生部・民生部に議員工作している、原告平松が自己の意に添わない医師の新規開業に圧力をかけた、原告社団では架空出張による旅費捻出を行なっている、診療報酬を不正受給しているとの各噂の真偽について原告平松に確認する問答形式が採られ、右原告はいずれの事実も否定していること、本文を含めて多くの部分で風評・噂等の伝聞表現が採用されていることが認められる。また、「政界」八刊七号の掲載記事(本件第二記事)については、昭和五三年七月一九日付、同二五日付の北海タイムス朝刊の広告に「徹底追求 緊急別冊 伏魔殿と呼ばれる平松病院の権威失墜と道・国税当局の迷える立場」と宣伝広告がなされたうえ、右雑誌の緊急特別号のトップ記事として表紙に原告平松の顔写真入りで「告発レポート」「本道精神医学界をダメにした(活字は四倍明朝体)平松勤(道精神病院協会々長)の所業を斬る!!」(活字は四倍半ゴシック体、( )内は二倍半ゴシック体)、「“仁術”の美名にかくれ“堂々たる不正”?に精を出す『算術医』の正体……」(活字は三倍ゴシック体)と右順序で五行にわたる全面見出しが掲げられ、次頁の緊急特別号目次にも「告発レポート」として「本道精神医学界をダメにした」(活字は三倍ゴシック体)「平松勤(道精神病院協会々長の所業を斬る!」(活字は四倍半明朝体、( )内は二倍ゴシック体)「厚生省監査が予想される伏魔殿『平松病院』」「“算術医”の正体をみれば……」(活字はいずれも二倍半ゴシック体)と前記見出しと同趣旨の目次が掲げられたうえ、一四頁には「北海道精神医学界をダメにした男・告発シリーズ」「伏魔殿? 平松病院“奥の院”」(活字は八倍明朝体)「閉鎖社会に君臨する二重人格者」(活字は六倍半ゴシック体)との見出し及び「黒い疑惑に包まれる平松医師」との写真説明を付した原告平松の写真がそう入されたうえ「北海道精神病院協会々長のポストに君臨する医療法人「慈藻会」平松病院理事長平松勤氏の身辺にドス黒い疑惑がウズまき奔流している。背任横領の罪に問われた健保診療報酬のデタラメ請求が発覚したり、そう入した不正のモミ消し工作に政・官界など権力機関が動いた疑いが濃厚で当局が強制捜査に踏み切る日もそう遠くはない。本誌編集部は内部告発の資料にもとずき取締当局の動きとにらみ合わせながら、その疑惑の周辺に徹底的な追跡調査を行なった。題して『本道精神医学界のドン・平松勤氏の所業を斬る』――告発シリーズ第一弾である」との一三行にわたる前文(活字は二倍ゴシック体)が付され、さらに「「疑惑の城」平松病院で何があった?」(活字は五倍半明朝体、「 」内は六倍半ゴシック体)「乱診・乱薬の名医の荒稼ぎ」「陰湿な政治工作で“モミ消し”」(活字はいずれも五倍半ゴシック体)「“調査する”というけれど」「権力機関と一握りのボス」(活字はいずれも三倍ゴシック体)との各小見出しに関連写真五枚をそう入したうえで六頁にわたる本文が掲載されていること、写真説明中には「内部告発で不正発覚……ゆれる平松病院」「摘発に乗り出す? 札幌国税局」との付記(活字は二倍ゴシック体)がみられること、本文の内容は原告病院が昭和五二年分所得について数千万円の脱税を行ない、国税局に対して代議士を通じてモミ消し工作をはかった、健康保険診療報酬を不正受給しながら原告平松自らが社会診療報酬支払基金審査委員会の委員であるために事なきをえているとの記事であると認められる。
右認定事実によれば、本件第一記事については見出しの「脱税」「架空名義」、本文の「悪徳院長」、写真説明の「黒い噂につつまれる……」、本件第二記事については、見出しの「告発レポート」、「平松勤の所業を斬る」、「算術医」、「伏魔殿」、「二重人格者」、前文の「ドス黒い疑惑」、「不正のモミ消し工作」、小見出しの「疑惑の城」、「乱診・乱薬」、「荒稼ぎ」、本文の「税金のゴマ化し」、「健保診療報酬の不正受給」の各表現が読者の注意と興味をひくうえ、右記事が相前後して掲載され、また後に認定するようにロボトミー事件や脱税容疑で同じ札幌市内の精神科医である被告自身が一般の関心を集めていた折に掲載されたものであるから、右各記事の内容をなす原告らの不正行為が存在する蓋然性が極めて高いものとして読者が受けとったものと推認されるから、本件各記事が原告らの名誉ないし信用を著しく毀損したことは明らかである。なお、右各記事内容の真実性についてこれを肯認するに足りる証拠はない。
三 ところで、原告らは被告が本件各記事の情報提供者として右記事の掲載による前記認定の名誉ないし信用の毀損に関して不法行為責任を負うと主張し、被告はこれを争うので以下この点につき判断する。
《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。
1 被告は、精神科病院“北全病院”を経営するところ、昭和四八年頃精神病質でない患者にいわゆるロボトミー手術を施したとして損害賠償請求訴訟を提起され、実際は厚生省の設置基準以下の看護婦数にもかかわらず有資格者の名義を借用したとする“幽霊看護婦問題”や生活保護受給権者たる入院患者の外泊時における診療費を請求したとする不正が発覚し、昭和五二年一一月二四日には市厚生局の立入検査を受け、さらに、昭和五三年二月二二日には、同四九ないし同五一年分の個人所得一億六千万円余りを故意に脱漏させて申告した容疑で札幌国税局から摘発されるなど一般の関心・非難が被告に集中したが、その際、被告の所属する北海道医師会や北海道精神病院協会(後者の当時の会長は原告平松であった。)所属の多数の医師が被告に援助・助力を与えなかったとして被告は憤っていた。
2 被告は、風評により原告平松の不正の情報を収集し、昭和五三年五、六月頃、薬品販売業者米谷三男が装飾品販売業者の黒崎正寿を同行して、被告に、薬品の購入を依頼した際、右米谷から薬品を購入する条件として他の医師で脱税している者の名前を調査するように申し向け、原告平松のところでは、妻が一般通常の支払いとは別に自宅で医薬品の支払いをし、出張や看護婦数の水増しとともに二千数百万円余りもの脱税をしており、隠し財産が東京方面にある旨の事実を指摘してその確認方を迫っていた。
3 さらに同年六月頃、被告は、黒崎正寿や米谷三男の面前で、「雑誌に投書して平松病院をやっつけてやる」旨の発言をしたうえ、投書のための原稿と称して「平松病院長の犯罪行為について」と題するメモ(右メモが被告作成のものであることは争いがない。)に類似する原告平松の不正を指摘したメモを両名に提示し、その際、黒崎は平松病院の脱税に関して記されている四〇〇字詰原稿用紙二、三枚及び発送先名として「道税事務所」「道衛生部」「保健所」の記載のある便箋があるのを見、被告が発送人を書かないで投函せよと従業員に指示していた。
その後、右被告の投書先の雑誌名について被告は黒崎らに対して「マスコミ北海道」と「政界」の二誌であり、掲載回数は三回であるとの説明をしていた。
4 マスコミの代表者兼編集発行人の高橋健司は昭和五三年六月ころ被告の経営する北全病院を訪れ、被告と会ったがその直後黒崎は右病院の被告院長室の机上に右高橋の名刺があり、その裏に三〇万円領収と記載されたのを見たと米谷に語っていた。
5 右高橋は、同月ころ、原告平松の経営する平松病院に電話で右原告の脱税等についての情報を入手しているからそれについて取材したい旨の申し込みをなし、当時、原告平松が海外旅行中で不在のため、その帰国後の六月中旬すぎに右平松病院を訪れ、原告平松から取材した。
6 右取材時の質問内容は、脱税、幽霊看護婦、隠し預金、健康保険診療報酬の不正請求、薬品代を病院と自宅の二か所で支払っていること、脱税のもみ消し工作についてと前記被告作成のメモと同一かつ具体的な内容であり、その際の問答が本件第一記事に含まれている。
7 月刊政界に対しても、同年五月頃、読者から平松病院においては過去に相当多額の脱税をしていた旨の二通の投書(その内容についても後記メモに類似するものである。)があり、右投書を端緒として取材活動がなされるに至り、またその頃、右月刊政界代表者近藤昌展は、前記被告作成のメモを溝口義美から入手するに至り、右メモが本件第二記事の素材となった。被告は右メモを風評に基づき他人の名誉を傷つけるかどうか考えずに軽い気持で書いた旨供述している。
8 同年七月上旬、黒崎が平松病院を訪れた際「マスコミ北海道」昭和五三年八月号が一〇〇冊程度被告の机の上に置かれており、被告が、そのうち四、五部を黒崎に手渡して病院や医療機関にばらまくよう指示し、その残りは、病院や医療機関に発送する旨の説明をしていた。
9 その直後、右「マスコミ北海道」昭和五三年八月号が被告の経営する北全病院の所在地を管轄する豊平郵便局(ちなみに、マスコミの所在地の管轄郵便局は札幌東郵便局である。)の消印のある月刊「マスコミ北海道」の印刷入りの封筒により札幌市中央区役所、中央福祉事務所、北海道精神病院協会をはじめとする医療機関、医師、関係官庁等に送付された。右宛名書きの筆跡と院長である被告ら連名の北全病院からの年賀状の宛名書きの筆跡は同一であると認められる。
10 本件各記事は同年八月頃相次いで掲載発売されたが、本件第二記事については、同年七月一九日及び同月二五日の北海タイムス朝刊に広告が掲載されていた。
11 本件第一記事に関連して「マスコミ北海道」昭和五三年一〇月号には「陰謀をめぐらす平松病院」、同一一月号には「雨竜病院乗っとり失敗の一部始終」と題する記事が掲載され、右各記事掲載後の昭和五三年末に被告と米谷が会った際にも被告は平松病院に関する投書が多数関係機関になされていることを指摘したうえ、「自分の言ったとおりだったろう」という旨の発言をしていた。
以上の事実が認められこれに反する前掲各証拠の一部はいずれも措信できない。
以上の認定事実を総合すれば、被告は自己の経営する北全病院のロボトミー事件や脱税等についての社会の批判を避けるため原告らについての情報を利用すべく、それが真実であるかどうかを確認することなく出入の者に話し、マスコミや月刊政界に投書し、更に「平松病院長の犯罪行為について」と題する書面を作成し、これを漫然と訴外溝口義美に渡し、右書面が被告の投書とともに資料となって「政界」緊急特別号に内容虚偽の原告らの名誉を毀損する記事が掲載されたこと、被告の投書に基づき「マスコミ北海道」八月号に内容虚偽の原告らの名誉を毀損する記事が掲載され、これが被告の経営する北全病院の職員によって精神科医等へ配られたこと、以上の記事により原告らの名誉が毀損されたことが推認される。従って、被告は故意もしくは重大な過失により、それが記事として掲載されることを容認して内容虚偽の情報をマスコミ及び月刊政界に提供した行為について不法行為責任を免れない。
被告は、本件各記事が報道機関であるマスコミ及び月刊政界の独自の判断において掲載発行されたものであり、右記事による名誉毀損に対して責任を負わないと主張するが、《証拠省略》を総合すれば、「マスコミ北海道」「政界」はともにその発行区域が主として北海道内に限られ、その発行部数も七五〇〇ないし一万部余りの月刊雑誌で臨時増刊号を不定期に発行することもあるが、取材担当者も数名で情報提供者の依頼により掲載記事を決定することもあり、雑誌の性格、内容等からも一般読者層に広く購読されるいわゆる大衆誌とは性格を異にしていることが認められ、右事実に前記認定事実を総合すれば、被告の情報提供によりその内容に従った記事(本件各記事)が掲載される蓋然性は高かったということができるから被告の不法行為責任を否定することはできない。被告は、本件第二記事につき溝口から近藤に被告作成のメモを松本勇に関する代替記事として提供したのであり、被告が関与していないと主張するが、仮に溝口自身に右意図があったとしても、既にみたとおり被告は投書ないし右メモに基づき月刊政界において本件第二記事を掲載するに至るであろうことを容認していたというべきであるから被告の情報提供責任を否定することにはならない。被告は提供した情報の真実性は高いと主張するがこれを認めるに足りる証拠はない。
《証拠省略》に前記一、二の事実を総合すれば、原告らは被告の前記不法行為によって名誉を著しく毀損され、これがため原告平松は多大の精神的苦痛を被ったものと認められ、原被告の社会的地位、侵害行為の態様、その他諸般の事情を考慮すれば、被告は原告平松に対し慰藉料として金一〇〇万円の支払義務があるというべきである。
原告らは名誉を回復するに適当な処分として謝罪広告をも求めているが、別件においてマスコミ及び月刊政界に対し謝罪広告が認容されたことは当裁判所に顕著な事実であり、右謝罪広告によって原告らの名誉は回復されたものと考えられるので、謝罪広告は命じないのが相当である。また、原告社団は平松病院の経営を目的として設立され、原告平松が代表者であり、同族的色彩が強いことを考えると、原告平松に対する慰藉料で名誉毀損は十分に償われるものと認められる。
四 そうすると、原告らの請求は、原告平松に対し金一〇〇万円及び右金員に対する本訴状送達の翌日である昭和五四年四月二五日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による金員を支払う限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項を、仮執行宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 村重慶一 裁判官 宗宮英俊 岡原剛)
<以下省略>